第6日目(3/19)曇り後雨 三角寺~雲辺寺~観音寺駅
歩行距離:37㎞
歩行時間:10時間
今日は八十八か所中で最も標高が高い雲辺寺(H910m)に登る。昨日の雨も未明には止み今朝は曇り空。スーパーホテルを7時40分にタクシーで出発し、昨日の終点三角寺まで向かう。昨日来た道をタクシーで登っていくが我ながらよく歩いたと思う。三角寺を8時に出発。ここから雲辺寺の登山口まで約15キロを歩く。三角寺近くの遍路道からは四国中央市と瀬戸内海が見える。
三角寺から約6㎞先の椿堂までは田舎道を歩くので車はほとんど通らないが、椿堂からは徳島に通じる国道139号を池田町佐野まで歩かねばならない。例によって大型トラックが頻繁に通るので気が休まらない。特に境目峠を越す境目トンネルは全長855メートルのトンネルで歩道の幅が50センチ程度と狭く大型トラックにあおられる危険性があるので、懐中電灯で前から来る車に人がいることを気づかせるようにしながら慎重に歩いた。
三角寺から3時間、遍路宿として有名な池田町の民宿岡田の前を通り雲辺寺登山口に到着した。ここから讃岐の霊場(涅槃の道場)となる。
登り口の手前で軽食をとり、いよいよ標高差700メートルの急な山道を登っていく。すると前を白装束をまとったお遍路さんが歩いていた。急坂を50分登ったところで休憩している彼に追いついた。どこから来たのか尋ねると、岡山から来たと言う。「私は長野県から来たけれども、岡山ならすぐ来られていいですね」と答えたところ、実は勤め先は長野県の塩尻だと言う。「ひょっとするとエプソンですか?」と尋ねると、なんと広丘でプリンターのソフトウェア開発をしているとのこと。実家の岡山に帰省するたびに区切りで遍路道を回っているとのことだった。私もエプソンのOBであることを告げ、「長野県の人に会うことはたまにあるけれども、同じ会社の人に会うのは本当に珍しい。お大師様のお導きかもしれないね」などと話を交わした。彼は重い荷物を背負いペースもゆっくりだったので、「お気をつけて」とあいさつをし先を急いだ。
<66番札所 雲辺寺 うんぺんじ>
雲辺寺への遍路道は最初は急な山道だが、それを登りきると車道と合流するので意外とスムーズに歩くことができて、登り口から約2時間弱で本堂に到着した。
本堂の前に行くと一昨日横峰寺と吉祥寺で会った写真家のようなお嬢さんに再会した。「また会いましたね、雑誌の編集の方ですか?」と尋ねると、お寺やその佇まいの写真を撮るのが好きで、転職の合間を利用して八十八カ所を車で回り写真を撮っているとのことだった。昨日は雨だったので雲辺寺には来られず今日登ってきて、これから雲辺寺の山道に並ぶ五百羅漢像を一体一体、写真に収めるとのこと。大阪の方でたびたび四国に来ており、学生時代には自転車で八十八カ所巡りをした等々、いろいろと話をしてくれた。
参拝を済ませ雲辺寺の休憩所で昼食のパンを食べていると、辺りは一面霧で覆われそのうちに雨が降ってきた。これはまずいと急いで食事を済ませ、雨具を着て下山の用意をした。今日の天気予報は終日曇りだったので、昨日コンビニで買ったビニール傘はホテルに置いてこようと思ったが、それでもと思いずっと運んできて正解だった。
<67番札所 大興寺 だいこうじ>
雲辺寺から10kmの山道を900メートル下り、67番札所大興寺には予定より40分早い16時前に着いた。時間も体力も残っており、なんとか観音寺まで歩くことができそうだ。
大興寺の本堂は屋根の補修工事のために養生されていた。納経所の若い住職と話をすると、古いお寺は補修・維持管理にお金がかかり大変のようだった。観光立国としてお遍路という文化財を守るためには何らかの仕組みが必要だ。世界遺産登録への活動があるようだが、お寺の維持・継承が一番の課題ではないだろうか・・・。
納経している間に雨が激しくなってきた。さらに観音寺駅まで歩く間に風も強くなり、昨日乾かした靴が再び濡れてしまった。風雨が強く歩くのに倍の力を要したが、今回の旅でもっとも長い37㎞を歩ききり、ホテルにたどり着くことができた。火曜日は30キロを歩くのが精一杯だったが1週間経つと体が慣れてくるものである。今日頑張ったおかげで、明日は68番神恵院と69番観音寺を参拝することができる。
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