6月18日(日)
先月、狩宿の2番目の息子さんが亡くなったのでそのお淋し見舞いと、啓子さんが狩宿にもう一度行きたいとのことだったので、それも兼ねて狩宿に伺った。当日は信子おばさんが快く迎えてくれ、狩宿の歴史にまつわる話をたくさん伺うことができた。また帰りには桜エビなどの高価なお土産もいただきたいへん恐縮した。
狩宿はやよいさんのお母様(婦美子さん)の実家だが、堤屋とは縁がないので、これまで「狩宿の下馬桜」くらいしか知ろうとしなかった。しかし今回の訪問で、井出家は源頼朝の富士の巻狩をはじめ、信長公記などの史料にも登場する歴史的な在地領主であったことを知り、歴史への興味が沸いた。(後ほど井出家についてネット検索してみると、Wikipediaに「井出氏」に関する記事が載っていた。そのルーツ・出自は藤原南家に始まるようだ。)
信子おばさんは90歳と思えないくらい若くて明朗快活で、日本各地の”井出”にまつわるエピソードを紹介してくれた。最後に母屋をバックに記念撮影をし山中湖の宿に向かった。
▼井出家高麗門・長屋
▼離れへ
母屋の前で(母屋の瓦は銅製の瓦)
6月19日(月)
天気予報では19日(火)は梅雨の中休みで天気が良く、平地では猛暑になるとのことだったが、富士吉田、山中湖村周辺はあいにくの曇空。富士山も雲に覆われ見えなかった。計画では富士山の5合目まで車で行く予定だったが視界が悪いのであきらめた。山中湖周辺は富士山が見えなくてもアウトドア・スポーツを楽しめるが、若いグループでない我々は美術館巡りくらいしか時間を使えない。ところが湖畔にある三島由紀夫記念館は月・火が休館。そこで仕方なく「忍野八海」と「花の都公園」を見学した。どの観光地もアジア系の外国人でいっぱいで、日本人であることが恥ずかしいくらいだった。
▼忍野八海
▼花の都公園
・キカラシ
・ポピー
▼山中湖の白鳥とヒナ
6月20日(火)
19日の夜の天気予報では、20日は山中湖村は晴マークだったが、朝起きると天気予報は終日曇の予報に変わり、昨日と同様、富士山は厚い雲に隠れていた。宿の管理人の方に「富士山5合目まで行こうと思うのだけれど・・・」と話したところ、濃霧で危ないから行かないほうが良いとのこと。そこでこの日も仕方なく、河口湖の近くにある「ハーブ庭園 旅日記 富士河口湖庭園」に行った。庭園内にはたくさんのハーブや花が植えられており、昨日の花の都公園より見ごたえがあった。私はこの2日間まったく歩いておらず腰が痛くなったので、啓子さんとやよいさんが花を観賞する間、庭園内を4㎞程ウォーキング。最後に土産を買って富士見に戻った。
・庭園から一望できる富士山は残念ながら見えず・・・
(追記)
富士山が見える富士見に住みながら、富士山には行ったことがない。今回、スカイラインで行ける5合目は標高2300~2400mに位置することをはじめて知り、そうであれば3776mの山頂まで歩くことができそうだと思った。いつか宝永山も含めて一度は富士の山頂に立ってみたいものである。
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