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中山道 歳時記

2025-11-20 中山道ウォーク 鳥居本~武佐宿

啓子さんの体力はだいぶ回復し12月2日に退院することが決まった。さらにもう1週間はリハビリを続ける予定なので、この間を利用して中山道を歩くことにし、2日間のウォーキングで中山道の終点、草津宿まで歩くことができた。草津宿からは旧東海道を瀬田(瀬田川の手前)まで歩いてウォーキング終了。三条大橋まではあと5里(20㎞)である。

米原を越えてからの近江の道はほぼ標高100mの平らの道で歩きやすい。街道の両側には広い田畑が並び、昔から経済的に豊かであったことが想像できる。またこの地の特産品である近江上布(麻布)を中心に近江商人が各地を行商し経済基盤を確立してきた歴史があるためか、街道に立ち並ぶ昔の家は問屋も多く大きく立派だった。
平坦な地形と近隣経済圏とを結ぶ整備された交通網という立地条件は、企業誘致にも優位に働くだろうから、街道沿いには大手企業の工場が立ち並んでいた。これは当然、就労条件の向上につながり、住民の平均所得も高く豊かな生活ができるのではないだろうか。実際、街道筋の家の前にはLexusやベンツの車を止めている家を多く見かけた。

そんなことを思いながら街道を歩いたが、家に戻って滋賀県の経済統計などを調べてみると、関西では滋賀県の平均年収が一番高く所得格差も小さいようだ。またベットタウンとして人口も増加し、若年層や子育て世代が多いとのこと。(出典:ねとらぼ) 男性の平均寿命も滋賀県が一番である。(出典:滋賀県なんでも一番

11月20日(木)

午前5時過ぎに飯田を出発。朝は快晴で放射冷却が進み、飯田は氷点下3度まで下がっていた。11月は名神高速道路の集中工事があって小牧から大垣まで約11キロ渋滞している。この渋滞を抜けるには50分近くかかるというので、仕方なく東海環状自動車道使って迂回し、予定より30分遅れて彦根駅前のタイムズ駐車場に着いた。彦根駅から近江鉄道で鳥居本駅まで行き8:50分にウォーキング開始。

ウォーキングマップ:

▼鳥居本宿(63次)

▼近江鉄道 彦根多賀大社線

▼高宮宿(64次)

多賀大社一の鳥居

高宮布(近江上布)の仕入れ問屋が並ぶ街並み。高宮上布の集散地として、豊な経済力を持ってた。

高宮本陣跡

犬上川(いぬかみがわ)
降水量が少ない時期は「水無川(みずなしがわ)」となる特性がある。これは犬上川が形成する扇状地の中流域では、川の水が地下に浸透しやすいため、水が伏流するためとのこと。出典:犬上川の水質形成における湧水の影響

▼伊藤忠兵衛記念館
豊郷町に入ると、伊藤忠兵衛記念館があったので見学することにした。
初代の伊藤忠兵衛は、伊藤忠・丸紅の創始者で繊維品の小売業を営む「紅長」の家に生まれ、近江麻布の行商を行って大阪に繊維問屋の店「紅忠」を開設した。2代目忠兵衛は丁稚小僧扱いでたたき上げられ、繊維卸から総合商社への道を拓いた。

奥にある蔵から中山道方向を眺める
家の作りは町家と同じで通りに対して奥行きが長い

丸紅、伊藤忠、呉羽はいずれも伊藤忠兵衛の会社。戦後の財閥解体で分かれた。

▼愛知川宿(65次)

愛知川の先の五箇荘は近江商人の発祥地。

次の武佐宿に行く際、誤って街道をちょっと外れて歩いたところ、2022年の湖東三山の旅で訪れた「教林坊」に続く道で懐かしく思った。
教林坊方面を望む。水田には大豆が転作で作られている

▼武佐宿

▼14:45分 近江鉄道「武佐駅」に到着
ここから近江鉄道で近江八幡駅に移動し、車の止めてある東海道線彦根駅まで戻った。

 

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